危険厨のあなたへ。「新型コロナウイルス」への反応に人間性が出るよって話

中国・武漢で発生した新型コロナウイルス(新型肺炎)に関するニュースが、ネットやTVで次々と配信されています。真偽のほど不明のショッキングな動画や、今後の経済や生命が脅かされそうな過激な情報ばかり。そんな折「私」さんから、この事象に関する周囲の様々な反応を見て、そこにいわゆる精神性の差、人間性の差を感じたというメッセージをいただきましたので、ご紹介しておこうと思います。

「未知の恐怖」への反応に見る、精神性のレベル

「超」がつくほど怖がりで「危険厨」の自分

私は阪神大震災・東日本大地震の両方を比較的震度の大きな場所で経験しました。そのため、こうした危機的状況になるとおそらく、一般の方の数倍の緊張を覚えます。今後どのようなリスクがあるのかをできる限り正確に予測し、いち早く対応しようと身構えてしまいます。

原発事故の時、「経済的影響も重視する政府は。本当のことを言えないんだ。自分と家族の命は自分で守らなければ」ということを痛感しマスコミに失望した私は、TVの情報を信じなくなりました。インターネットの海外の情報や、SNSの人々の声、匿名掲示板の情報が頼りにするようになりました。

とはいえ私は日頃から災害に備えているほどの「災害厨(プレッパー)」というわけではなく、マスクや食料は、すでに2週間ほど前に確保しました。相当のマスク不足の発生を想定していましたので、使い回しを想定したほんの少しの量を確保しています。食料は、農水省が推奨している30日分の買い置きリストを参考にしました。

東日本大震災の時も同様に、地震直後に食料を確保するとともに、海外情報の収集を開始し、メルトダウンを察知。新幹線に飛び乗ったのは地震発生の翌日でした。3/15の計画停電の真意も、21日首都圏を横断した放射能プルームも、すべて回避しました。この時は子供達はまだ10代でしたから、とにかく彼らを守らなければ、その一心で必死でした。震災後に千葉の自宅の窓を開けたのは4月になってからだったと記憶しています。

利他マインドの人々との出会いに衝撃を受ける

被災したいわき市へ物資を運んだ塾長

一方で、まったく違う行動をする人たちがたくさんおられました。

まず一人目が、東日本大地震のときにご縁のあった、ある学習塾の塾長さんです。
その方にも、家庭があり、幼いお子さんがいらっしゃいました。それでもその方は、たくさんの物資をトラックに積んで、自ら被災したいわき市へと運んで行かれました。

私は「放射能大丈夫なんですか?」と彼に聞きましたが、彼は返事もせず、ニコニコされていたのを思い出します。

当時の私は、原発事故について無感心な人はリスクに鈍感ないわゆる「情弱」だと決めつけていました。そのため、彼が笑っていることに対して、軽蔑とまでは行きませんが哀れみのような気持ちになったのを思い出します。今では、全く違う気持ちです。

余震がオフィスを襲った!その時

次に、東日本大地震の少し後、ようやく日常の暮らしが戻り始めた矢先に、オフィスのある東京に再び大きめの余震が襲いました。

そのときのスタッフの反応は、大きく3つに別れました。

  1. オフィスから逃げ出す
  2. ざわつくけどとりあえずその場にいる
  3. 引き続き仕事をしている

当然私は1、オフィスから逃げ出しました。というのも、そのビルは非常に古く、すでに壁面には先日の本震のときに生じたひび割れが刻まれおり、いつ崩落するかという不安の中で暮らしていたからです。

私と同じように走って逃げたスタッフは、合計3名でした。そして2のざわざわしながらもその場にいる、という反応をした人が大半でした。

そんななか、1人だけ、まるで地震などなかったかのようにそのまま業務を継続している人がいました。

その方は、日頃から献身的な仕事ぶりに信頼が厚く、その人を嫌いな人は誰もいないというような人でした。しかし当時の私には、彼の日頃の仕事ぶりは地味だし、頭は硬いし、リスクに鈍感な情弱だな、という風に映っていました。今では、不思議なことに、まったく違った印象を覚えます。

今になって思い出しましたが、その方は日頃から、人生の目標が「周りの人を笑顔にすること」だとおっしゃっていました。その目標を、スマホにメモして、日々読み返していると。

自宅に閉じ込められた武漢市民の笑いと連帯

かつて中国に住んでいた知人に、武漢の惨状とともに、食料をストックしたほうがいい、外に出ないほうがいい、とメッセージを送りました。

すると彼からの返信で、街が閉鎖され自宅に閉じ込められている武漢市民のアップしたSNS動画が送られてきました。

クタクタになって働く医療関係者の様子も送られてきました。

それから、マスク不足の中必死で楽しもうとしている人々の様子も。

ここには、巨大な災厄のなかにあっても笑いといたわりの気持ちを忘れない人々が映っていました。私は、面白動画をみて爆笑し、頭からビニール袋を被って麻雀をする姿にほっこりし、防護服のまま眠りにつく医療スタッフの姿に感涙しました。みんな必死で、生きようとしていました。

そして、私が彼に伝えた「うまくできていなことを指摘するための上から目線の他人ごとデータ」の数々に、少し恥ずかしさを覚えました。

会う約束を延期した時の友人の言葉

最近リストラに遭遇してしまった友人女性。

近日会おう、という約束をしていたのですが、新型コロナウイルスに感染するのが怖い私は、「今度の約束を延期したい」という連絡を彼女に入れました。

彼女は驚くほどのんきで、新型コロナウイルスのことをそれほど怖がっていないようでした。私はまたしても、彼女は情弱だなあ、教えてあげなければ、と判断しました。

私は武漢に関係のある知人から聞いた生情報を伝え、ウイルスの危険性がまだ判明していない現段階では、なるべく外に出ないほうがいいのではないか、と彼女に説明しました。それでも彼女は、対して怖がっていませんでした。そして、こういったのです。

「リストラされて、これから何をしてもいい立場になったから、私は残りの人生の全てを、人助けのために使う!って決めたの。だから何があっても怖くない。
もちろんあなたの気持ちを尊重して、今回は見送りましょう。もし何かあなたが安心できるような新しい情報があったらすぐに伝えるね。元気でね。」

この返信に、外に出なくてよくなったとホッとしたと同時に、ほんの少しなんともいえない劣等感のようなものを覚えました。そして今やっと、彼女の考えを深く理解するに至りました。

心の狭い哀れな自分を自覚しました

こうした方々との出会いを通じて、ようやく自分の愚かさを痛感し、本当に重要なことがなにかを理解するに至りました。

私は、何か災害が起きた時、秒で反射的にリスク回避・自分を守る目的の行動をとっていました。

一方彼らは「今困っている人を助けたい」「与えられた使命を全うしたい」「人と人のコミュニケーションを大切にする」という普段からの目的をどんな時も変わらず持ち続けていました。

彼らの捨て身の勇気と熱意や等身大の優しさに触れ、とっさに全体のことよりも自分を優先し「自分だけが生き残ろうとする自分」を、まざまざと自覚させられてしまいました。そして、その「自分だけが生き残ろうとする」が、実は日頃からの自分の重要な価値観になってしまっていることに気がつき、自らの醜さに心底ショックを受けました。

私は、自分が損しないこと、自分が生き残ることを何より重要にしていました。もちろん、席を譲ったり、落し物を拾う程度の善行は行っていましたが、そんな私の「人助け」「優しさ」も、自分の安全を脅かさない範囲でしか行われない、安っぽいものだったのです。もしその善行の最中に何か危機的状況が起きたら、私は容易に彼らを見捨てていたことでしょう。

いつも私は、恐怖にもとづく行動をしていたし、彼らはいつも愛にもとづく行動ができていたのです。ようやく私は、なぜ私が誰からも信頼されていないきがするのか、なかなか友人ができないのか、なぜいつも不安なのか、なぜいつも元気がないのか、その根本理由を理解するに至りました。

恐怖から行動すると、「できてないところ」「ダメなところ」にばかり目がいきます。だから自分や相手のダメなところをみつけがちになり、マウントとったりとられているような関係に陥りがちで、コミュニケーションがうまくできなくなっていたようです。一方で愛を行動の基本にすると、「頑張っているところ」「よくなったところ」に目がいきます。だから、お互いを認め合い赦し合い信頼し合えるようになるのですね。ええ、そんなこともわかっていませんでした。

これから先は、誰かのためになる行動、誰かを笑顔にできる行動を一つでも行っていこうと決意しました。そこでまずは、今まさに新型コロナウイルスの恐怖にとらわれている方々に、少しでも勇気と元気が湧いてきますように、この情けないメッセージを共有させていただきいた次第です。

もちろん、相手は未知のウイルスですし、今後事態がどれほど深刻になっていくかは現時点では計り知れません。しばらくの間、日本も決して安全ではないでしょう。だけれど、だからこそ、「みんなのために今できることをしよう」という気持ちを忘れてしまったら、人はたやすく鬼と化してしまうでしょう。

愛を忘れずに行動したいと思います。情報収集したら、愛を持ってシェアしたいと思います。そしてできることがあれば逃げてばかりいないで人のためになる行動します。自らの命をも愛の前に差し出せるような人間には程遠い私ですが、本日、そんなことを思いました。

image:_freakwave_によるPixabayからの画像